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第十六話 心配

last update Last Updated: 2025-07-06 17:31:11

 雛たちの手によって大名は葬られた。

 黒川は自分の領土と平行し、亡くなった大名が所有していた土地の大名となった。

 これで黒川の統治する領土は格段に広まったことになる。

 雛たちに大名暗殺を命じた黒川は、その領地で先に後ろ盾をつくっていた。

 大名が死んだのち、自分が大名の座につけるように先に手を回していたのだった。

 その日、神威は雛のもとへ向かっていた。

 大名を殺したあの日。

 血だらけの刀を手に戻ってきた雛を見て、神威の胸はひどく痛んだ。

 覚悟はしていた、こうなることもわかっていた。

 しかし、実際目の当たりにすると、神威の胸は締め付けられた。

 あんなに心優しい雛が人を殺める。

 それは、彼女にとってどんなに辛く苦しいことだったろう。どれだけ葛藤しただろう。

 あの日、雛は屋敷へ戻った後、伊藤に報告するとそのまま何事もなかったように姿を消した。

 何も言わず、感情も出さず、ただすべてを淡々とこなしていることが、余計に神威の心をざわつかせた。

 雛は感情を殺している。

 自分を殺し、任務を遂行することだけに集中しているように見えた。

 こんなことが続けば雛の心が壊れてしまう。

 こんなことになるんだったら、止めておくべきだったかもしれない。

 雛が決めたことだ、彼女の志を邪魔してはいけないと思い、見守ったのが間違いだったのだろうか。

 考え事をしている神威の目に、雛の姿が飛び込んできた。

 そちらへ足を踏み出そうとした神威だったが、やめた。

 その隣には、宇随の姿があった。

 神威は物陰に隠れ、二人の様子を観察することにした。

「なあ、雛……胸を張れ! おまえは人に誇れる立派なことをしたんだ」

 宇随が必死に話しかけるが、雛はただ何も言わず、空虚な瞳を向け続けている。

「あの大名は悪党だったんだ。

 民から多くの税を巻き上げ、自分だけが贅沢してた。身分制度を強化し、貧富の差を大きくしようともして
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